広いプールで啓太は叫ぶ。
「王様ーっ、いいですかー?」
「おう! こっちはいつでもいいぞ!」
「じゃあ栓開きますよー!」
きゅきゅっ。
「……んー?」
「水、出てけぇへんなー」
「啓太、捻ったのかー?」
「えー? 俺ちゃんと…」
ばしゃああっ!!
「ぶ…っ」
「あ」
丹羽の持つホースの口に顔を近づけていた滝に大量の水が直撃した。
「ぷはぁっ!」
「おー、悪ぃ悪ぃ!」
「王様、そない思うならホースの向き早ぅ変えてくださいよ! 今、一瞬川と花畑の向こうでじーさん手振ってるのが見えたやないですか!」
「…ぁん? サル君ちのじーさんは健在じゃなかったかー? 先月の大会に家族総出で見に来てたんじゃ…」
「……」
「……」
「……さすが王様、えー記憶力してますなー」
「…ったく」
調子のよい滝の頭を丹羽は片手でべしっと叩いた。
「あたっ」
その様子を少し離れた位置で見ていた啓太は二人とも何をしてるのだろうと首を傾げる。
そして。
空を、見た。
「わぁ……」
突き抜けるような青。
遠くにはふわふわの入道雲。
「……っ」
眩しい太陽に目を細める。
鮮やかな空に、啓太は思いを馳せた。
(今頃きっと……)
さわ、と吹く風は優しい。
「伊藤、そっちはもういいぞ。しばらくあそこの陰で休むといい。後は滝と丹羽が何とかするだろう」
プールサイドからかけられた篠宮の声にハッとする。
「あ、はい!」
陰では中嶋が一足早く休憩に入っていた。
「……啓太か」
「はい、隣…いいですか?」
「……あぁ」
「……」
「……」
じりじりと焼き尽くされそうな日差し。
ゆらゆらと立ち上る陽炎。
「遠藤は…」
「え…っ?」
「今日は本業か?」
「あ、はい。今日のプール掃除…参加したがってたんですけどね…」
自分の学園のプールを掃除したがる理事長も珍しいのではないだろうか。
そんなことを思いながら中嶋に苦笑してみせた。
「きっと今頃は理事長室で仕事してると思いますよ」
側にいないのは寂しいけど、仕方のないことだ。
和希も自分の仕事を頑張っているのだから。
「……」
啓太の表情が一瞬陰ったのを見て、中嶋が言った。
「お前が…いるからだろう」
「え…?」
「遠藤、いや理事長自らプール掃除なんて面倒なものをやりたがるのは」
「中、嶋さん…?」
眼鏡の奥の瞳が悪戯っぽく光った。
「わかっているんだろう、啓太?」
「……っ」
恥ずかしくて汗が出た。
今までだって暑かったはずなのに、まだ暑くなれるんだなと痛感する。
「そ、そんなこと…」
「わからないフリか? それとも…ホントにわからないのか?」
(うぅ…)
いたたまれなくなって俯くと、中嶋の口端が上がった。
「なら、保護者のいない間にじっくり堪能させてもらおうか……ん?」
「? 中嶋さん……?」
突然、中嶋が自分の首を凝視したから、啓太はきょとんと首を傾げる。
「俺の首に…何か…?」
「ふ、お前の保護者は相変わらず用意周到だな」
「え…?」
中嶋がちょんと首に触れ、耳元で囁いた。
「痕」
「?」
「残ってるぞ?」
「……え?」
言われた意味がわからなくて反芻すること数秒。
「……っ!!」
ざっ、と啓太は中嶋から離れて首を掌で覆った。
今更そんなことをしても手遅れなのだが。
中嶋はニヤリと笑ったままだ。
(ああぁぁ、痕って…や、やっぱりアレだよな!?)
いつの間に、と記憶を辿るが覚えがない。
油断も隙もない、とはこのことかもしれない。
(かっ、和希のバカー!)
啓太は心の中で激しく罵倒したのだった。

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