日曜の昼。
制服姿の啓太は、食堂のおばちゃんにお願いして包んでもらった二人分のお弁当を手に一人サーバー棟へ向かっていた。
本来、サーバー棟は生徒は立ち入り禁止の場所だから近づくほど人気はなくなっていく。
啓太は慣れた足取りで進んでいた。
そこへ。
「よぉ、啓太!」
「えっ?」
なぜか突然。
人が出入りするには苦労しそうな草陰から。
こちらも制服姿の丹羽が現れ、片手を挙げながら傍によってくる。
「王様……どうしたんですか? こんなところから…」
「あー、その、なんだ。学園の見回りだ! そう、見回り!!」
心なしか笑顔が引きつっている。
明らかに不審者だ。
「……」
啓太はきょろと丹羽の背後を見やった。
「な、なんだよ啓太。そこでどうしてそんな怯えた目で周囲を見回すんだ…お前は」
「いえ、別に深い意味はないんですが…。きっといつも通り…中嶋さんが追いかけてきてるんじゃないかなと思うとつい…」
「う゛っ」
啓太の言葉に、丹羽も己の周囲をぐるっと見渡す。
「王様…やっぱり…また抜け出してきたんですね?」
「…だっ、だってよー! あれだけ俺は地味な事務は苦手だっつってんのに…中嶋の奴、やれここは計算がおかしいだの。判が欠けてるだの…小姑みたいにうるさいから…」
「あ…ははは…」
予想に違わずいつも通り。
「ったく、中嶋の奴…」
丹羽は啓太の隣に並び、両手を自分の頭の後ろに組んで愚痴を言いながら一緒に歩き出した。
「ところで啓太。お前こそこんなところでどうしたんだ? …ん?」
啓太が持ってる荷物に気づき、少し顔をしかめる。
「それ、遠藤にか?」
「あ、はい。和希、今日は朝からずっとサーバー棟で仕事だから…せめて一緒にお昼くらい食べようかなと思って…」
少し大きめの弁当箱が入った包みを抱き、はにかむ啓太を見て、丹羽は複雑そうにポリと頭をかいた。
「仕事、ねぇ」
和希が理事長だとわかっても丹羽の態度は変わらない。
それはきっと和希にとっても嬉しいことなんじゃないかな、と啓太は思っていた。
「啓太、そういやお前…どうやっていつもあそこに入ってんだ?」
ふと、丹羽がサーバー棟を指差しながら尋ねる。
「え?」
「前に俺達三人で入ろうとした時…七条がロック解除しただろうが。カードキーとかパスワードとかあるのか?」
「あ、いえ…別に何も」
「?」
「だって俺が行くときって…いつも鍵開いてるし…特別なことは何も…」
「あぁん?」
以前あれだけ苦労してやっと入れた場所だというのに。
苦い思い出が蘇り丹羽の頬がぴくと引きつる。
「……よし」
「王様?」
何が、よしなのだろうと首を傾げると丹羽が悪戯っ子な顔で笑った。
「サーバー棟の中なら、流石の中嶋も入ってこられねぇよな?」
「え…えっと…それってつまり…?」
「いい機会だから、遠藤が真面目に理事長やってるとこ俺も拝んでやる! 面白ぇもんも見られるし、中嶋からも逃げられるし一石二鳥。名案だぜ!」
「ええっ!?」
突然の丹羽の提案(というか一方的な思いつき)に、啓太は面食らった。
和希は「いつでもおいで」と啓太には言ってくれているのだが、だからと言ってはたして丹羽まで連れて行っていいものだろうか。
これが西園寺と七条なら悩まずに済むのだが。
「あ、あの王様…? 一応、和希に聞いてみたほうが…」
すっかり行く気満々の丹羽はガシっと啓太の肩を掴んでズンズン先に進んでいく。
(あぁ…)
止める間もなく、入り口の目の前に到着してしまった。
「…うぅ」
事後承諾ってこういうことを言うのかな、と啓太は嘆息しながら扉に手をかける。
プルルルルル…。
「あれ? あの、王様…携帯鳴ってませんか?」
「携帯? そういや、なんかさっきから鳴ってんな…」
と、言いながら上着のポケットから丹羽は自分の携帯を取り出した。
「?」
なぜかすぐには出ない。
「あの、もしかして…中嶋さんですか?」
「…いや、非通知だ」
「え?」
「啓太、お前先に上に行って俺の分の茶も出すように遠藤に言っとけ。すぐに俺も追いつくから」
「あ、はい」
横柄な丹羽の言葉に苦笑しつつも、啓太は頷いて扉を開ける。
「……」
先程言ったとおり、鍵はかかっていなかった。
するりと棟の中へ入っていく。
硝子の向こう側。
啓太は丹羽ににっこり微笑んで会釈をしパタパタと駆けて行った。
プルルルルル…。
「あー、ハイハイ…今出るって」
その背を見送りながら丹羽はしつこく鳴り続ける電話の通話ボタンをピと押す。
「もしもし?」
『……』
電話の向こう側で誰かがくすりと笑う気配。
「…誰だ?」
『私に何か用かな、丹羽哲也君?』
「!」
不敵な口調。
聞き慣れた声のはずなのに。
知らない人間のモノのようだ。
一年の遠藤和希、もといBL学園理事長鈴菱和希。
「おっ、お前…っ、遠藤?! つかお前何で俺の番号…っ」
知ってやがると最後までは言えず、ぐるると唸る。
クスクス…。
『なんて、ね。番号のことはまぁ企業秘密ってことで』
愉快そうな口調からは相手の思考が一切読めない。
「…お前が言うと洒落にならねぇ」
『人づてに教えてもらっておいただけですよ。それで?』
「あん?」
『俺に何か用ですか? 俺のほうは思い当たることがないんですが…』
「あー、別にテメェに用はないぜ。単なる避難」
『……成程、やっぱりそうですか』
困ったように笑ったのがわかった。
「つーわけで、茶用意しとけ…よっ?!」
バン、ギシ…ガタガタガタ。
「……」
相手もわかったことだし、移動しながらでいいかと扉に手をかけたのだが。
「……おい」
びくともしない。
さっきは簡単に開いたのに。
どっかの一教室みたいに啓太は入っていったのに。
「遠藤、お前まさか…鍵…」
嫌な予感に丹羽の顔が引きつった。
クス。
『鍵がかかってるのは当然だろう? ここは関係者以外は立ち入り禁止の場所なのだから。私としては、やはりそれ相応の理由とアポイントくらいは欲しいところ、かな? これでも結構多忙な身の上だからね』
「…テメェ、ぬけぬけと」
『あ、啓太がきたみたいなんで切りますね』
「……オイ」
啓太の来訪が本当に嬉しいのだろう。
声のトーンが上がり、思考は読めないが相手が浮かれてるのだけは嫌でもわかった。
「……えーんーどーう……」
『そうそう。早くそこから逃げたほうがいいですよ?』
「何だよ、警備員でも来るってか?」
『心外ですね。いくら俺でもそこまで大人気ないことしません』
「じゃあ…一体?」
『もうそこまで来てますよ?』
「だから何が?」
『それは勿論…』
クスクスクス…。
背筋に走るのは悪寒。
『中嶋さんが』
「…んだとぉお!?」
丹羽の叫びとほぼ同時。
「丹羽、そこか!」
背後から中嶋が怖ろしい剣幕で現れた。
「おわあああああっ!!!」
ガシッ!!!
半ば羽交い絞めにされ、ズルズルと引きづられる。
「あだだだだ!」
「…煩い」
「遠藤、テメェわざとだろ! ってコラ中嶋!?」
恨み言をもっと叫んでやろうとしたのに、横から携帯を強引に奪われる。
「貸せ」
「って、もう借りてるだろうがっ!」
中嶋は丹羽を捕まえたまま、通話の相手すなわち和希に話しかけた。
「捕獲完了だ。通報感謝する」
『お役に立てて何よりです。そちらが滞るとこちらも滞りますからね。ギブアンドテイクですよ』
「…そうだな」
それはとてもとても嫌な会話。
「お前らまさか……」
『あぁそうだ。啓太、今日は貸し出しませんからね』
「丹羽が確保できたから別に構わん。好きなだけ二人で楽しめ」
『……そちらこそ頑張ってくださいね』
――ブツっ。
「……」
いつの間に結託したんだとか色々と問いただしてやりたいが、中嶋の表情が怖ろしすぎてそれどころじゃない。
「ほら、さっさと歩け丹羽。お前が遊び歩いてる間に仕事はどんどん増えていくばかりだ」
「はっ、離せーーーっ!!」
サーバー棟がどんどん遠ざかっていく。
「やっぱアイツ、いつか絶対ぇぶっ飛ばしてやるーーー!!!」
+++
ピ、と通話を終えてポケットに携帯をしまう。
「……ったく」
相変わらず高校生らしくないなーと嘆息した。
「和希、緑茶でいい?」
理事長室に到着した啓太は、さっきから石塚と一緒にお茶の準備をしていたのだ。
「勿論v」
「あの…石塚さんは?」
有能な秘書は空気を読みました。
「私はすぐに所用で外に出ますので結構ですよ。ありがとうございます、伊藤君」
「あっ、いいえっ///」
ぱたぱたと手を振って恐縮する。
「そ、そういえば王様…遅いなぁ。すぐ追いつくって言ってたのに…」
心配そうに入り口を見やる啓太に気づき、和希がにっこり笑った。
「王様なら、やっぱりやめとくって連絡きたよ。急用ができたって」
「えっ? いつ?」
「たった今」
中嶋に捕獲されて連れて行かれたところ、と心の中でだけ詳細を付け足す。
ついでに合掌も忘れない。
「…そうだったんだ」
じゃあ湯のみを一つ片付けなきゃと立ち上がりかけた啓太を制して、余った湯飲みを石塚が無駄のない動きで取り上げてしまった。
「あ」
「それでは私は失礼致します。3時頃には戻りますので。これは私が片付けておきますね」
「あぁ、ありがとう」
にっこり微笑み退出する石塚が扉の向こうへ消えた後。
和希は啓太の肩を抱いて、ソファに腰かけた。
テーブルの上には、二人分のお弁当とお茶。
「じゃあ食べようか?」
「うんっ」
まずは。
笑顔の啓太にキスをしよう。
それが甘いランチタイムの始まりの合図になるから――。
★外に締め出された王様を書きたくなったのです(涙)
そ、それだけ(--;
王様・・・ごめんようおうおう(TT)
本日のランチタイム、デザートまで完食ですねv
それでは、今宵も皆様おやすみなさーい(--)zzz
よい夢を。。。
